子どもの言うことは全部ほんとうです
バレリーナになりたい女の子がいました。本人はバレエのおけいこに行きたくて仕方ないのですが、習っているのはピノです。それがある日の朝、「先生、私、きのうバレエに行ってきたわよ」というではありませんか。ついにお母さんも折れたかと思い、「よかったわね、どういうことをしたの」と聞くと、なんと白鳥の衣装にトウシューズで踊ったというのです。
「へえ、ずいぶんいい先生ね。普通は最初からそんな衣装は着せてもらえないのよ。トウシューズだってずいぶんやってから、やっと履かせてもらえるのに」というと、その子はすごくうれしそうな顔で「きょうもまた行く」と言うのです。
次の日の朝は「せんせい、きのうもいってきたわよ」。「よかったわね、どんな衣装で踊ったの?」と聞くと、真っ赤なのを着て、頭にも赤い羽根をつけて、赤い靴を履いて踊ったとのこと。「いいわね、よかったわね」と言うと、「うん、またきょうもいくの」。
これが一週間続きました。
最後はすごいのです。お母さんまで踊った、お父さんも王子様になった、なんとおばあちゃんまでやったと言うのです。おばあちゃんはもう腰が曲がっているのですが、黒いのを着たそうです。「まあ、ほんとうにいいバレエの先生ね。ほかではなかなかそういうことはできないのよ」と感心すると、得意そうに「うん」とうなずいて、それからしばらくは何の報告もありませんでした。ふっと思い出して、「そういえばバレエどうした?」と聞くと、そっけなく「なんのこと?」と言われてそれっきり。きっとその子は想像のなかでバレエを堪能したのでしょう。興味はほかに移ってバレエは終わりました。
こんなこともありました。新しい服を着てきた子に、「すてきなブラウスね。だれに買ってもらったの」と聞くと「おばちゃん」と言ったのです。「あら、あなたにおばさんがいるの。優しいおばさんね」というと、「うん」とにっこり。三軒茶屋にいると教えてくれました。
三軒茶屋でおばさんに甘えてよほど楽しかったのでしょう。その子は口が重く、あまりおしゃべりする子ではないのです。
また新しい服を着てきたとき、「あら、そのスカートどうしたの」と聞くと、「おばちゃんと行って買ってもらった」とうれしそうに言いました。「ああ、あのおばちゃんね」と、私の頭のなかにいつのまにかやさしいおばさんのイメージができていました。
子どものいない、結婚していない、仕事を持つおばさんで、お父さんのお姉さんです。
その子のお母さんは大柄で、どちらかというとさっぱりした男っぽいタイプの人。いつもいたずら盛りの弟二人にかかりっきりでした。
ですから私は、おばさんが見かねて姪のために、かわいらしい刺しゅうのついたブラウスやプリーツスカートを買ってあげているのだと思い込んでいたのです。それである日、何気なくお母さんに聞くとキョトンとして言うではありませんか。「そんな人いませんよ。あれは私が買ってやったんです」びっくりしました。
ぶっきらぼうですが、子供服選びについては抜群のセンスを持つお母さんだったのです。
きっとその日、弟たちはお父さんとお留守番で、女の子はお母さんと二人きりでお買い物に出かけ、そのときのお母さんはおめかししていつもと違うタイプのやさしいおばさんに変身してくれたのでしょう。
私はその子をうそつきとは言えません。子どものうそは創意の所産だと、民俗学者の柳田国男さんもおっしゃっています。
「創造の所産で、それは豊かな発想ということだから、子どもをうそつき呼ばわりしてはいけない」と。
子どもとつきあうには石頭ではだめ
息子は小さいとき靴下が大嫌いでした。足が火照るらしく、靴下を見ると逃げ出したものです。
ある冬の朝、寒いので無理やり履かせたら、「きゃっ」と叫び「靴下の中にハリネズミがいる!」と脱いでしまいました。
私はびっくりしてすぐ靴下の中を見たのですが、ハリネズミはもういません。
でも本人が言うのですから確かにいたのでしょう、靴下はあきらめました。
子どもといると、いろいろおかしなことがあって、私はときどきそれをネタにお話を書いています。
子どもとつきあうには、子どもに負けない、自由で軟らかな頭が必要です。ユーモアのセンスも分かせません。体力もエネルギーもいります。負けてはいられない。
もし向こうがこちらにとんでもない話を投げかけてきたら、私はさらに想像力を加えて投げ返します。向こうがへとへとになって、降参と言うまでやり合うと、そこで話は終わります。が、相手はまた別の手を考えてくるでしょう。子どもとつきあっていると、ほんとうに面白いのです。でも、ときには私のほうがむきになりすぎて相手を怒らせることもあり、謝ったり恥じ入ったり、しょっちゅう反省していました。
今も忘れられないのは、「先生がおばあさんになったらぶってやる」と私をにらみつけた五歳の女の子のこわ~い目です。
名前と顔は忘れても、目だけは脳裏にやきついたままです。
令和8年6月19日(金)
あいの保育園 BUZZ資料
子どもはみんな問題児。/ 中川李枝子 より