個性という料理を作る圧力鍋
三歳児の発達段階の理解を助けるために、圧力鍋をイメージしてお話しましょう。子どもは一人ひとり、自分らしさや個性という料理を作るための圧力鍋を、心の中に持って生まれてくるように感じます。その鍋の大きさは先天的なものかもしれませんが、 どんな料理ができるかは、何を入れるかによりますし、ちゃんと味のついた料理に出来上がるかどうかは、どんな火加減にするかによります。
この場合の材料と加熱は、親や家族の「子どもとの関わり」の中で決まってくるものでしょう。何を入れてどのくらいの温度をかけるかということは、「子どもとどのように、どのくらい関わったか」ということの結果のような気がします。
まず、 0歳~二歳とは、圧力鍋に材料を入れて、愛情・世話といった熱を加えている状態なのです。鍋の中の温度は段々上昇しますが、まだ100℃に達していません。つまり、温度の上昇という変化が内部では起こっていても、見た目では変化がないのです。まだ個性という香りも味も外に出てきません。まだ下ごしらえなのですが、 しかし、このときに何を入れたかが重要ですし、本物の料理と同じで、後から付け足すのは難しいのです。 「三つ子の魂百までも」と言うように、何を入れどのように愛情をかけたのか、関わったのかが、重要な影響力を持って個性を形作るのです。ダシは何か、肉は入れたのか、入れたのだったら何の肉か、野菜は何を入れたのか、味つけは何か。入れるもので味が変わる料理のイメージで、子どもにとっての肉・野菜・ダシ・味付け・・・・・・を思い起こしてみて下さい。
そのうち、コトコトと音を出し、湯気が出て、香りがし、汁がこぼれ、回りを汚し始めます。これが三歳の自己主張です。 生命体がエネルギーを外に出すときは、まず攻撃的に出ますから、三歳児の自己主張は、「攻撃・拒否」の形で出ます。そのときは、「料理が出来てきたな」と思うように、「個性が出来てきたな」と思って下さい。自己主張が始まるということは、今までに育つべきところが、きちんと育ってきたことの証しなのですから、困ったものだと思わないで下さい。
ところが、最初に申しましたように、この三歳の自己主張を、「うるさい」と思い、静かにさせようとする大人がいます。 そこで圧力鍋を静かにさせようとするわけです。それには三つの方法があると思います。
➀熱を遮断する
加熱のことを材料とともに「子どもとの関わり」と表現しました。 その熱を遮断するのですから、「そういうことをする子はお母さんの子どもじゃない」「そういうことをする子は外に出てなさい」と、愛情補給を断つ方法です。そうすれば静かになります。しかし、これでは料理が出来ないのと同じように、子どもも育ちません。個性という料理が作られていたのに、愛情・世話を断ってしまうと、個性は生煮えのままで完成しないわけです。
➁そのままにしておく
反抗期だから、人を叩いてもしょうがない。攻撃性が出てもしょうがないと放っておく方法で、これは蓋を閉めずに加熱し続けることと同じです。これでは、それらしき料理にはなりますが、本当の熟成した味にはなりません。蓋をしないと、圧力鍋での料理にどこか生煮えの部分があるのと同じように、どこか未熟な面を持つ人間になってしまいます。
➂蓋をぴったりと閉める
静かにはなりますが、圧力鍋の内の温度が上昇し、いずれ爆発します。同じように、過度に押さえつけられて、幼児期に「良い子」に作り上げられた子どもの心も「思春期」に爆発してしまいます。
ではどうすればいいのでしょうか。 圧力鍋での料理の方法を参考にすると簡単です。
1. 蓋をきちんと閉める
2. 安全弁から圧力を抜く
3. 火力を調節する
この三つのことを注意すれば、美味しい料理が出来あがります。美味しい料理が出来あがるということは、その人の個性が花開くことなのです。この三つのことを、三歳児と関わる人は、常に自分に問う必要があります。では、具体的に置きかえてみましょう。
1蓋を閉める
ふたを閉めるということは、あたりかまわず蒸気を吹き出してよいというわけではないということです。 よく、「やんちゃな時期だから仕方がない」とやりたい放題させている姿を見ますが、それでは、圧力鍋の圧力をかけずに蒸気を漏れ放題にしているのと変わりません。自分よりも弱い者、小さい子を叩くことや、人の物を壊したり奪ったりすることなど、人としていけないことをしたら、それは許されていいはずはありません。
ある幼児サークルの集まりで、人に噛みつく子どもがいて、お母さん方が困って相談されたことがありました。 その子が他の子に噛みついたとき、その子のお母さんはもちろん叱って止めるのですが、他のお母さんは「そういう時期なのだから、むやみに叱って止めさせるのもいけないのではないか」と考えて、叱らずにいるというのです。その結果、その子の噛みつきはひどくなっていました。私はまず「人に噛みつくことは、みんなで一致して止めさせましょう」と言いました。「お母さんはいけないというけれど、他のお母さんは止めない……………。 いったいこれはしてはいけないことなのかしてよいことなのか?」 その子は分からなくなっています。その答えを得るために、その子はもう一度噛みついてみるしかありません。いけないことはみんなで止めなくては、子どもを混乱させることになりかねません。でも、これだけでは、もっとも大事なことが抜けています。この子は「いま、噛みつくことで何を表現しているのか」です。この子の心の中の、腹立ちやイライラ、焦りやもどかしさ、悲しさや寂しさ……そんなものを閉じ込めておいたままでよいはずはありません。その表出のためには次の②が必要になります。
2安全弁から圧力を抜く
蓋をしても抜くべき圧力は抜かなければいけません。いけないこと(人を傷つけたりすること)はいけないとした上で、自己主張をきちんと保障しないといけないのです。といって、先に述べましたように、あたりかまわず攻撃してよいというのではありません。 安全弁からです。この抜くべ安全弁が子どもにとって「ファンタジーの世界」なのです。 圧力を抜く栓から圧力を抜くように、ファンタジーという栓から自己主張という圧力を抜けばいいのです。つまり「ファンタジーという枠=ごっこ遊び」の中で、攻撃的で発散的な遊びを目一杯させることです。素晴らしいことに、「ファンタジーの世界にもっとも近くなる」ときと「自己主張する」ときとが、発達段階として同時にやってくるのです。三歳児はもっとも「その気になりやすい」時期です。誘えばすぐにファンタジーの世界に入ってきてくれます。そして、ファンタジーの中の悪者に向かって、敵に向かって、悪魔に向かって、怪獣に向かって、攻撃性を思い切り発揮し、エネルギーを発散した後には、やさしさと正義感が現われてくる姿によく出会います。
たとえば、こんな保育がありました。三歳児クラスで、保育者が「昨夜この部屋に怪しいものが入ったみたいだよ。 少し変だね」と言うと、子どもたちは「ほんと! 変だ!」とすぐその気になってしまいます。さらに「小鳥さんが怖がってるみたい。このままでは小鳥さんが死んでしまうかもしれない。みんなでその怪しいものを捜し出してやっつけよう」と言いますと、三歳児はすぐに「捜そう」ということになります。そのとき、「ちょっと今のままじゃ、ぼくたち弱いかもしれないから、もっと強くなっていこう」と、色紙やテープ、紐などを出すと、子どもたちは思い思いに自分の身体を武装します。そして、エールなどかけながら、さらに子どもたちはその気になって、ものすごい集中力で「小鳥さんを怖がらせる悪者」を捜し始めました。
分出し切った子どもにしか生まれないのではないでし攻撃性を出し切れなかった(押さえつけられた) 子どもの持つ優しさは、弱さです。今の若者は、優しい子がたくさんいますが、その中で、本当の優しさをもっている子は、あまり多くいないように思います。それは、優しさの陰に攻撃性が見えないのです。三歳頃に「人には優しく、殴ったりしたらだめ! 叩いてもだめ! 乱暴なこともだめ!」と押さえ込まれ、攻撃性を根こそぎ刈りとられ、攻撃性を十分に発揮せずに身につけた優しさには、自分で立ち向かっていく強さがありません。これは本物の優しさではなく、「弱さ」なのです。むしろ、大切なものを奪おうとするものに対しては、攻撃仕返す強さがあってはじめて、本当に幅のある豊かな優しさをもって育っていくのではないでしょうか。
3火力を調節する
これは、親からの手出し(火力)を調節するということです。この時期になってもまだ強い火で加熱したのでは、圧力があがり過ぎて、いくら安全弁があっても追いつかないかもしれませんし、加熱したのでは、圧力があがり過ぎて、いくら安全弁があっても追いつかないかもしれませんし、料理もじっくりと煮込めません。
三歳児の発達課題である「活動性の原点である攻撃性の表出をファンタジーの中で」ということが、今の保育の中では保障されていないことが多いようです。「みんな一緒に」「おとなしく」「なかよく」が強調されたとき、子どもたちは過剰に閉じられた圧力鍋を抱えて育たねばならなくなります。 皆さんの周りではどうでしょうか?
『機微を見つめる~心の保育入門~』
山田真理子 著 より